つい比較しちゃう!!それって兄弟間の差別?

私は年子の男の子、2歳と3歳児を育てています。
子育てをしている中で悩みは沢山あります。

子どもたちをつい比較してしまったり、お兄ちゃんだけ怒ってしまったり。。。
つい比較してしまうことは、きっと子供を2人や3人子育てしている人の最大の悩みだと思います。
同じことで悩んでいる方と一緒に、比較することは兄弟間の差別に当たるのか、兄弟間の差別とはについて考えていきたいと思います。

どんなことで比較しちゃう?

以前、教育テレビで言葉に出して比べるのではなく、頭の中で比べるだけにしなさいといった内容の放送がありました。
『なるほど』と思い、そこから気を付けているのですがつい言葉に出してしまいます。

私の場合長男は野菜が嫌いで、マヨネーズやポン酢でごまかしたりしているのですが、ごまかしきれない時もあり、その時は吐いてしまいます。
『せっかく頑張って作ったのに』と思いが募り、つい『○○ちゃんは食べているのに何であんたはすぐ吐くの。もう作らん。頑張ってママも作っているんだよ』と言ってしまいます。
そして何回も吐くときは食事を下げてしまうときもあります。

その時息子はすごく泣くのですが、食べ物を大事にしてほしい私としてはなかなか許すことが出来ません。
食べ方が汚いこともつい比べてしまっていました。

長男の方は好き嫌いなく、食いしん坊でもあるので上手に食べてくれます。
しかし次男は長男と違い、年齢的な部分と幼稚園でお利口さんにしているギャップから食事中走り回ってしまい、私はつい『お兄ちゃんはちゃんと座って食べているよ』と比べてしまいます。
我が家は特に食事中のマナーやお勉強について、どちらが夜寝るのが早いかなどで比較してしまっていました。

比較される方の思いは?怒り方について

次男の方は長男を見ているだけに上手な部分があります。
長男がして怒られていることは絶対にしません。

私も下に弟がいるのですが、私が怒られたことは弟は絶対にしませんでした。
その部分が下の子がずるいというところですよね。

親からも比べられている部分もありました。
私もその体験をしているので息子たちには気を付けようと思うのですが、つい比べてしまいます。
自分が嫌な思いをしたにも関わらず。。。

親はそんな事気づきもしていないと思います。
しかし、私はそのことを差別だと思いませんでした。
ただ弟がうらやましいと思っていました。
以前弟も『私がうらやましい』と言っていたことを覚えています。

比較される部分があるとお互いをうらやましくなります。
我が家の子どもたちは2歳児と3歳児ですが、自分たちは比較されているということがすでに分かっているので気を付けなければいけません。

私は兄弟間で比較してしまうことは、気を付けていてもしょうがない部分があると思います。
それではどうするか。
注意の仕方を変えるしかありません。

よく息子を怒ってしまったら息子はシュンとなってしまいます。
私自身もそんな息子を見たくありません。
のびのび優しい笑顔の息子でいてほしいです。

少し注意するだけで大人の顔色を伺うような子どもに育ってほしくありません。
そのためにも子どもが傷つかないように、一呼吸おいて注意するようにしなければいけません。
私も心掛けていますが、冷静になる前に怒ってしまっています。
女性の場合すぐ頭に血が上りやすい部分があります。

全ての女性がというわけではありませんが、感情的になりやすいのが女性です。
私は冷静に怒ることが出来る主人がうらやましくなります。
性別の違いかもしれませんが主人を見習って、注意の仕方について気をつけなきゃと思うことが多々あります。

比較することは差別に入るの??

それでは兄弟間を比較することが差別に入るのか?

親としては違うと思います。
比較すること=差別になってしまうと大変です。

しかし、これは親である私の考えです。
比較することを差別と考えるかは、子ども達の考え方次第です。
子どもたちが差別だと感じれば比較することも差別に入ると思います。

相手も感情があるのでほんと子育って難しいと思います。
でも感情がないロボットだと面白くもなんともないですよね。
感情があるからこそ、子育てって面白い部分があります。

差別だと感じさせないことや子どもたちを言葉の暴力や態度で傷つけないためにも、常に冷静になることは大切だと思います。
人間は感情の生物なので大変ですが、成長過程でもある子どもたちの心を守るためにも十分注意したいです。

まとめ

・食事のマナー、お勉強、どちらが寝るのが早いかで比較してしまっている
・比較される側はお互いがうらやましい
・比較しないためにも注意の仕方を変え、勢いで怒るのではなく一呼吸おいて冷静になって注意する
・相手の感じ方で比較することも差別に入る
・偏った愛情ではなく双方にたっぷり愛情をかける

今回改めて子どもたちにとってどういったことが差別に入るのか考えました。
子どもたちの受け取り次第だと思います。

私が比較されることを差別だと思わなかったのは、私の両親からたっぷりの愛情を受けていたからだと思います。
私はなるべく兄弟間の差別がないように、一人抱きしめたらもう一人も必ず呼んで抱きしめるようにしています。
1人だけに偏った愛情をかけるのではなく、両方愛しているよってことを表現するようにしています。

子どもたちが少しでも兄弟間で差を感じないようにこれからも気を付けなればいけません。
これからも息子たちにたっぷりの愛情を注いで育てていきたいと思います。